村上春樹『風の歌を聴け』を読んで

読書記録

村上春樹さんの『風の歌を聴け』を読みました。

本屋で何冊かまとめ買いをしたときそのタイトルに惹かれて手に取った作品で、読み終わってから知ったのですが、本作は村上春樹さんのデビュー作にして処女作になります。
出版は1979年で、同年に発表された第22回群像新人賞の受賞作。
彼が小説を書き始めたきっかけは「野球観戦の最中に急に書くことを思い立ったから」というエピソードをどこかで聞いたことがあったのですが、こちらがその作品だったわけですね。

舞台は1970年の夏。海辺の町に帰省した大学生の「僕」が過ごした、8月8日から8月26日までの18日間の出来事が記されています。

乾いたタッチにより「僕」目線で淡々と綴られた本作は、乱暴な言い方をすると、ほとんど何も起こりません。大きな事件もなければ、主人公の成長や心情の変化のような描写もなく、試練を乗り越えたり、物語が何か1つの結末にたどり着いたりすることもない。
友人とバーでビールを飲み、ラジオを聞き、車を走らせ、過去の恋人たちを思い出したり、ひどい出会い方をした女性とビーフシチューを食べたりする。ただそれだけ。
「僕」の人生の一片を切り取ったに過ぎないあるひと夏の回想です。

しかし、作中で交わされる言葉は一つ一つが斬新で印象深く、また日本のはずなのにどこかアメリカ映画のような情景を浮かばせる独特な描写も相まって、非日常的でかけがえのない、感性に訴えかけてくる何か大切なものを秘めた物語のように感じました。

「ねえ、俺たち二人でチームを組まないか?きっと何もかも上手くいくぜ。」
「手始めに何をする?」
「ビールを飲もう。」

『風の歌を聴け』村上春樹

このやりとり、なんて素敵な二人なんだと思いませんか?

「いい小説さ。自分にとってね。俺はね、自分に才能があるなんて思っちゃいないよ。しかし少なくとも、書くたびに自分自身が啓発されていくようなものじゃなくちゃ意味がないと思うんだ。そうだろ?」

『風の歌を聴け』村上春樹

こちらの言葉も、私としては強く頭に残りました。

村上春樹さんの本はまだ4、5冊ほどしか読んでいませんが、個人的には本作が一番好きです。
うーん、何でしょう。完全に理解して飲み込むことはできないけれど、これまでの自分の概念には存在しなかった味に舌先が触れたような、あるいは、正面からただ吹き抜けていっただけの乾いた風に、思わず振り返ってしまう何かを感じとったような、よく分からない。でもどこか魅力的。

あらゆるものは通りすぎる。誰にもそれを捉えることはできない。
僕たちはそんな風にして生きている。

『風の歌を聴け』村上春樹

本作を読んで、この世界には今の自分の感性では見えていない、拾い切れていないものが、まだまだたくさんあるのだろうと思いました。
自身を取り巻くものに疑問を抱いていたり、当たり前に繰り返すだけの日々にやるせなさを感じているのなら、本作は新しい風を感じるきっかけになるかもしれない。うまく言語化はできませんが、そんな感想を抱きました。

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